◆ダメな人ほど自己評価が高い? 〜ダンニング・クルーガー効果について考える〜
「ダンニング・クルーガー効果」という聞きなれない言葉。
皆さん、ご存知でしょうか?
簡単に言えば、「能力の低い人ほど自信にあふれ、本物の実力を持つ人ほど自らの能力に疑いを持つ」という心理的エラーのことです。
ダンニング・クルーガー効果は、「高齢者の自動車運転に対する自信」などで説明されることも多いです。
http://www.msadri.jp/research/docs/%E9%AB%98%E9%BD%A2%E8%80%85%E9%81%8B
%E8%BB%A2%E4%BA%8B%E6%95%85%EF%BC%88HP%E7%94%A8%EF%BC%89.pdf
これは、MS&AD基礎研究所が実施した「自動車運転と事故」をテーマとするアンケート調査(2017年2月)です。
「自分の運転に自信がある」と回答した率は、
- 20〜29歳は49.3%
- 30〜59歳は40.0%
- 60〜64歳は38.0%
でした。
では、80歳以上は何%だったと思いますか?
何と、皆さんの想像をはるかに超えるのではないかと思われる72.0%が「運転に自信あり」と回答しているのです。
最近の高齢者による自動車運転事故の多さを考えると、とても恐ろしい結果であると言えます。
これまでの運転経験の長さや「自分は人並みにはできているだろう」といった思いが、そのような回答結果になってしまうのでしょう。
しかし、この「ダンニング・クルーガー効果」による心理的エラーは他人ごとではありません。
このコラムを読んでいる皆さんの近くでも同様のことが生じているかもしれません。
例えば、無記名のアンケート(※注)によって、次の質問を管理職の方に投げかけた場合、どのような回答があるでしょうか?
「あなたの部下マネジメントは、人並みにできていると思いますか?」
おそらく、「人並みにはできている」と回答される方が多いのではないでしょうか?
特に管理職の経験年数が長い方ほど、そのような回答をされると思われます。
口には出さないものの、内心は「一定レベルの自信」を持たれていることが想像されるためです。
このダンニング・クルーガー効果は、ダンニング氏とクルーガー氏が提唱した心理的エラーですが、彼らはさまざまな調査から能力の低い人ほど以下の特徴があることがわかったとしています。
- 自分の能力が不足していることを認識できない
- 自分の不十分の程度を認識できない
- 他者の能力を正確に推定できない
本人は「能力が不足していて困った」という実感がないのです。
特に、大きな会社にいると自分一人の能力が低かったとしても、組織全体でカバーできることも多いため、なおさら自分の問題に対する意識(自覚)が希薄なのです。
同じ組織にこのような方がいたら、あなたはどのように感じますか?
あなたの直属の部下にいたら、どのように感じますか?
そして何より、
あなたが人事部の方であれば、この状況をどうされますか?
人事部として、この状況は放置できないでしょう。
特に、該当する方が若手社員ではなく管理職であった場合は、組織として大きな問題です。
このような方が管理職であった場合、ポテンシャルを持った部下が活かされず、つぶされてしまうこともあるでしょう。
中長期的には組織の弱体化につながり、組織としての成果も低下してしまうことが容易に想像されます。
ところで、何故このような状況が起きてしまうのでしょうか?
自分の外の世界に対する関心、そして自分の能力に対する危機意識が薄いことが原因の一つであると言えます。
「他人が普通にできていることは、自分も普通にできる」
こう思ってしまうのがダンニング・クルーガー効果です。
自分本位の思考であり、狭い領域でしか物事を見ることができなくなってしまうのです。
ではどうすれば、このダンニング・クルーガー効果から逃れる(影響を受けなくする)ことができるのでしょうか?
当然ではありますが、「自分を客観視させること」です。
しかし、「自分は出来ていない」ということを認識させることは難しいことです。
特に、ダンニング・クルーガー効果に陥っている人は、まさか自分が出来ていない状況であるとは思ってもいない上に、妙な自信を持っているので、上司がそのことを指摘したとしても素直に認めることはできないでしょう。
そこで、360度フィードバック(360度評価)という手法が活用できます。
その人をよく知る職場での複数名による回答(指摘)は上司一人の意見よりも納得感は高いため、本人は「自分はもしかして、十分に出来ていないのではないか…」といったことを感じさせる(意識させる)ことができます。
ただ、360度フィードバックの実施結果を伝えるだけでは、十分とは言えません。
「私はそう思われているのか…」
多少なりとも気づきを与えることができたとしても、行動が変わることまでは期待できないでしょう。
そのため、結果を本人に伝えるだけではなく、伝えるのと同じタイミングで「しっかりと内省させる機会」を設定することが重要となってきます。
その中で、
「そもそも自分に求められる能力とはどんなことなのか?」
「どのくらい発揮していることが人並みなのか?」
などにも気づかせることが必要であり、意識や行動を変えるためのさまざまな仕掛け(支援)によって、より効果は高まるでしょう。
本コラムで取り上げた「ダンニング・クルーガー効果」。
皆さんの会社の中にも、多少なりともそのような傾向を持っている方はいらっしゃるのではないでしょうか?
放置しておくと本人のためにも“もったいない状態”であり、組織にとって好ましいことではありません。
自分のことを客観的に見つめさせ、改善を支援する機会を設けてあげることが人事部にとって大事なことだと考えます。
(※注)
余談ですが、以前、360度評価において自己評価と他者評価の相関に関する研究が行われ、「自己評価と他者評価の相関関係は無い」と発表されていました。
つまり、「自己評価が高い人には他者から認められている人、そうでない人の両方が混在している」ということです。
この研究結果は、一見、ダンニング・クルーガー効果と矛盾するように感じられます。
しかし、これは調査の前提条件が異なることから生じていると考えられます。
360度評価における自己評価は回答者が特定されるアンケート形式でもあるため、本音ではある程度自信を持っていたとしても、他者の目が気になり意図的に控えめに低く回答しているでしょう。
一方で、前述の「高齢者の運転に対する自信に関する調査」は無記名アンケートであり、本音をそのまま回答できるものであると言えます。
回答における前提条件が異なるため、単純な比較はできないでしょう。